モラル年表
| 1998.4
| 過酷な中学受験を経て、カトリック系の、中高一貫の男子校に入学。いわゆるお坊ちゃんであった。 |
| 1998.5 |
中学での部活動にバドミントン部を選ぶ。しかし部員が学年で自分一人だけであったため、かなり上級生のパシリ的存在になる。これはやばいと、フラフラとしていた同級生Mを無理やり引き入れる。 |
| 1998.8 |
バドミントン部の夏合宿で、夜中、上級生に顔に思いっきり油性ペンでラクガキをされる。翌朝顧問まで笑っているのを見て、現代の教育が抱える「『イジリ』か『イジメか』」という問題のはしりを見たような気になる。ちなみに、ルパン三世のラクガキであった。 |
| 1998.10? |
もはや月日さえ定かではないが、市のバドミントン部の大会に出場。Mとダブルスを組むが、オグシオもびっくり、驚異の噛みあわなさで初戦敗退。 |
| 1999.5 |
ようやく、バドミントン部に後輩が出来る。「これから先輩として頑張っていこう」と約束した直後に、Mが脱走。 |
| 1999.6 |
このころから部活に顔を出さず、フラフラと遊びまわる日々が始まる。 |
| 1999.8 |
演劇部の顧問から、人手不足のため一度だけ大会に出て欲しいというオファーを受ける。稽古場見学に行くと、一年生がたった二人、それも「台詞が何いってるか全くわからない人」と、「スタッフ志望で入ったのに無理やり役者やらされている人」という、すさまじい面子の現場であった。「この中なら目立てる」と出演するが、当日笑いをかっさらったのは「何言ってるか分からない人」であった。モラル、演劇の奥深さを知る。 |
| 1999.12 |
正式に演劇部に入部。モラルの母校では部活参加が義務付けられており、「バドミントン部を離れたかった」というのが一番のモチベーションであった。 |
| 2000.8 |
唯一の上級生ということで、とりあえず部長になる。入部からとりあえず人を集めまくり、何とか部活っぽくして大会に出場。初めて脚本を書くが、「自分の言葉が読まれる」恥ずかしさに耐え切れず、たびたび稽古場からの脱走を図る。 |
| 2001.4 |
高校入学。がエスカレーター式のため、特に面子が変わることもなく活動を続ける。 |
| 2001.6 |
イケメンの副部長、他校の女子生徒とセックスする。童貞モラル、コンプレックスから彼に演出をつけづらくなる。 |
| 2002.10 |
何だかんだでズルズルと続け、最後の公式大会。 |
| 2003.3 |
引退公演。引退後、「演劇やるなら早稲田」という安直な発想のもと勉強しだす。 |
| 2003.5 |
学校の授業がコース別に分かれる。早稲田志望のため「私立文系コース」を選ぶが、数学がないためか学年中のバカが集まる。モラル再び「ここならいける」と思うが、トップ2の壁を破れず。 |
| 2003.8 |
自分は特別な人間だと思い込み、ひと夏を勉強して過ごす。今思い返しても、この頃は完全にマンガの「最後に主人公に諭される悪役」みたいな感じであった。が、現実は誰にも諭されず、妄想だけが膨らんでいく。 |
| 2003.12 |
受験迫る。「クリスマスくらいデートしヨ!」と、この日だけは勉強しないことに決めるが、特にデートする相手も出来ず、寂しく一日を終える。 |
| 2004.2 |
受験。早稲田と慶応を受ける。早稲田への思いは強く、「慶応だけ受かったら浪人する」と言ったところ両親が激怒し、家族会議になる。会議は数時間に及ぶが、数日後慶応の不合格通知が届く。 |
| 2004.4 |
早稲田大学に入学。同時に、福岡から上京。一人暮らしに過剰な期待を抱き、セックスするまで絶対オナニーをしないと誓うが、引越し初日に寂しさから破る。 |
| 2004.6 |
早稲田の某演劇サークルに入るが、大学生活の魅力に勝てず、すぐに辞める。これ以降半年間、ゆるーくて楽しい大学生活を送る。 |
| 2004.11 |
再び演劇を始めようと一念発起。早稲田大学演劇研究会(以下、劇研)が新人を後期募集していることを知る。劇研の新人稽古は厳しいと評判であったが、「後期なら楽かな」と思い門を叩く。結論から言うとビンゴであったが、ほかの会員から「ラクしやがって」と思いっきり村八分的目で見られる。 |
| 2005.3 |
冷たい目線を背中で耐えながら、正式な劇研の会員になる。同時に、当時劇研に所属していた「北京蝶々」に役者として入る。 |
| 2005.4 |
翌年度の劇研の新人として、満間・アメリが入ってくる。モラル、半年しか変わらないが、とりあえず一年先輩ぶる。 |
| 2005.9 |
満間・アメリも北京蝶々に役者として入団。 |
| 2006.4 |
さらに遅れること一年、原田が劇研にやってくる。その風貌と過剰な低姿勢(しかも露骨にうそ臭い)に一同騒然。 |
| 2006.9 |
原田、北京蝶々に入団。何を隠そう、犬と串は北京蝶々チルドレンなのである。 |
| 2006.11 |
モラル、役者として参加した北京蝶々の舞台において、役柄的に満間とペアを組むことに。元来の気質から受けをとろうと努力するが、満間にすべての笑いを持っていかれる。ショックを受けると同時に、純粋に感心する。 |
| 2007.1 |
年明け早々、ひっそりと「俺たちで公演を打とう」という動きが持ち上がる。そのときのメンバーが、モラル、満間、アメリ、原田の四名であった。 |
| 2007.9 |
半年以上の時間をかけ、企画公演「犬と串」を上演。とりあえずモラルが作・演出担当(このときは本名の森山春彦名義)。公演後、同メンバーで劇団を作ろうという話になる。 |
| 2007.12 |
劇団旗揚げに向けて燃えたぎるほどに熱い思いだったが、とりあえず正月は帰省。モラル、主宰として「向こう(福岡)で企画書つめてくるから」ともっともらしいことを言って、しっかりキャバクラにまで行く。 |
| 2008.6 |
旗揚げ試演会、「CR卒業物語」上演。その後、正式に早大劇研の劇団として旗揚げる。
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| 2008.8 |
新メンバーとして、役者で松下・桜井・堀、スタッフで古川の四名が入る。 |